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第四章 ドレスの魔法 第六話

Author: 夏目若葉
last update Huling Na-update: 2025-04-06 09:29:35

「スリーサイズは?」

「…は?」

 一瞬ポカンとした私をよそに、目の前の男がニヤリと微笑む。

 そう、いつものニコニコ笑顔じゃなくて、確信めいた“ニヤリ”とした顔だ。

 今絶対、私が嫌がることをわざと聞いているに違いない。

「言いたくない?」

「自慢できるようなサイズじゃありませんので」

 本来なら、自分の着るドレスを探してくれているのだから身体のサイズを尋ねられたら答えるのは当然だけれど。

 ナイスバディではないし、恥ずかしくてそんなの言えるわけがない。

 そんなふうに考えていたらちょっとかわいげのない言い方になってしまった。

「じっとしててよ?」

 すると宮田さんは真面目な顔をして、私の正面から両肩をガッシリと掴んだ。

 なにをされるのだろうと身構えていると、彼の視線が私の肩から胸元へ自然と下りていく。

 どこを見てるんですか!と、抗議の声をあげようとしたとき、両肩を掴んでいた彼の手が私の両腕をするりと通過して、今度はウエストを瞬時に捕らえた。

「ひゃっ!…」

 その行動に驚いて、思わず悲鳴めいた声をあげる。

 なにをするのかと咄嗟に顔を上げると、彼は綺麗な顔で微笑んでいた。

 最近、この人はやっぱりイケメンの類なのだと、あらためて気づき始めてしまった。

 今の笑顔だって、すごくやさしさを帯びている。

 ウエストに触れられている大きな手は、ゴツゴツと骨ばっているし、否応なしに男らしさを感じてしまって……。

 そんなことを意識してるがゆえに、胸が高鳴って仕方ない。

 この心臓の音が彼に聞こえないように祈ろう。

 「ごめんね。勝手にサイズ測っちゃった」

 私の意識が集中していたウエストに置かれた手は、その言葉と同時に自然と離れていく。

 恥ずかしくて、何気なくそっと視線を逸らせて俯いた。

 たぶん今、確実に顔が赤いと思う。

 というか、肩や腰を触っただけでこの人はサイズがわかってしまうのだからすごい。

「スタイル、いいんだね」

「……」

 いつも超絶スタイルのモデルさんを見たりしているくせに。

 そういうのを世の中では“お世辞”と言うのだと教えてあげたい。

「ちょうどいいのがあるよ。朝日奈さんにピッタリだと思うんだけど」

 そう言って宮田さんはどこからかドレスを一着持って来て、私の目の前に差し出した。

「うわぁ、素敵ですねー!」
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    Huling Na-update : 2025-04-08
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  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十二話

    「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。  また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。  自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。  私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。  彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。  顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。  濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。  目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。  その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。  こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。  宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。  なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。  そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。  ということは、相当親

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十三話

    「突然来るなよ」 「だって、携帯に何度電話しても繋がらなかったの」 「あぁ…電話に出られなかったのは悪かったけど、部屋に入るときくらいはノックくらいしろよ」 「それは……ごめんなさい。まさか、客人がいるとは思わなかったから」 そう言って彼女が私のほうに視線を向け、バツ悪そうにごめんなさいと軽く会釈をした。  反射的に私もペコリと頭を下げる。「もしかして……お兄ちゃんの…彼女?」 「お、お兄ちゃん?!!」 彼女から突然飛び出したキーワードに、私は驚いて思わず大きく反応してしまった。  隣に立つ宮田さんが、その声の大きさにクスリと笑う。「妹だよ。誰だと思ったの?」 妹がいることは、以前聞いたような気がする。  自分とはまるっきり違う、真面目な性格なのだとか。  どうやらこの女性が彼の妹らしい。よく見ると、キリっとした目元が宮田さんにそっくりだ。「えっと……妹の操です。兄はちょっと……いや、かなり変わり者なんですけど、純粋なだけで悪気は全然無いので、いろいろとビックリさせたり迷惑をかけたりするかもしれませんが、嫌いにならないでやってください」 完全になにかを誤解した操さんが、もじもじとしながら申し訳なさそうに、私に一気にそう告げて頭を下げる。  しかも、真剣に、一生懸命に。  その姿を見て、兄想いの優しい人だと微笑ましく思った。「……操、なにをお願いしてるんだ?」 「変人過ぎるのが原因で、彼女に愛想をつかされないようにお願いしてるんじゃないの」 「この人は僕の恋人じゃなくて仕事関係の人だよ」 「え?!」 やはり私のことを恋人だと誤解していたようで、キリっとした彼女の瞳が再び大きく見開かれた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します。今回ブライダルドレスのデザインでお世話になっております」 「そう……だったんですか……。うちの兄が、本当に申し訳ありません! 仕事関係の方にそんなドレスまで着させてよろこぶなんて、ド変態極まりないですよね」 「ちょっと待て。誰がド変態だよ!」

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  • 解けない恋の魔法   第十章 運命の出会い 第三話

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    *** 約束していた翌日。  私は朝一番で袴田部長のデスクへ行き、ブライダルドレスのデザインが出来たことを報告した。  最上梨子の代理として宮田さんがデザイン画を持ってくる件も話し、部長のスケジュールを確認する。「それにしても、突然出来るもんかなぁ」 「え?」 「いやだって、全然進んでないみたいなこと言ってただろ?」 そうやって、少し不思議そうにする部長に、私は満面の笑みでこう口にした。「最上梨子は天才なんですよ」 宮田さんに伝えた時間は十四時。  その少し前に私は一階に降りて宮田さんの到着を待った。  しばらくすると、黒のスーツに身を包んだ宮田さんが現れて私に合図を送る。「お疲れ様。昨日のアレで足腰痛くない?」 「え!!……ここでそういう話は……」 「あはは。緋雪、動揺してる」 ムッと口を尖らせると、彼は逆にニヤっと意味深な笑みを浮かべた。「その顔やめてよ。尖らせた唇にキスしたくなる」 そう言われて私は一瞬で唇を引っ込めた。「あちらのテーブルへどうぞ。言っときますけど今日は“仕事”ですからね、宮田さん!」 「はいはい」 ガツンと言ってやったつもりなのに、この人には全然効いてない。  ……ま、それは以前から変わっていないな。「これなんだけど……」 移動するとすぐに宮田さんは書類ケースから一枚のケント紙を取り出して私に見せた。  テーブルの上に並べられたそれを見て、私は一瞬で驚愕する。「な……なんですか、これは……」 ケント紙に綺麗に濃淡をつけて色づけされたデザイン画。  生地の素材や装飾の内容など、詳しいことは鉛筆で書き込まれている。  それらを見て、私は息が止まりそうになった。「あれ……ダメだった?」 おかしいな、などと口にしながら隣でおどける彼を、  この時 ――――本当に天才だと思った。「マーメイド……。こんなすごいドレスのデザイン、私は初めて見ました。最上梨子は……計り知れない天才ですね」 「……そう? 緋雪に褒められると嬉しいな」 「感動して泣きそうです。行きましょう! 部長に見せに」 テンション高くそう言うと、宮田さんがにっこりと余裕の笑みを浮かべた。

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     急激に自分の顔が赤らむのがわかった。  彼の言うことはもっともだと思うのだけれど、いざとなると恥ずかしさが先に立つ。「じゃあ……プライベートではそう呼ぶようにします」 「今、呼んで」 「え?!……こっ……こうき」 舌を噛みそうなほどガチガチに緊張しながら彼の名を呼ぶと、クスリと笑われた。「緋雪は本当にかわいい」 「もう!」 「ちゃんとベッドでもそう呼んでね」 からかわないでと言おうとしたところに、逆に彼のそんな言葉を聞いて更に顔が熱くなった。「顔、赤いけど?」 「そりゃ、赤くもなりますよ」 いつの間にか至近距離に彼の顔があって…。  そのなんとも言えない色気に、一瞬で飲み込まれてしまった。「その顔……ヤバい。すごく色っぽい」 「え? ……逆だと思いますけど」 「は? 僕? なにかフェロモンが出てるのかな? 今、めちゃくちゃ欲情してるから」 耳元で囁かれると、電流が走ったように脳に響いた。  彼のくれるキスは、最初は優しくて甘い。だけどそのうち深く、激しくなって……。  舌を絡め取られるうちに、なにも考えられなくなっていく。  手を引かれ、寝室の扉を開けると、彼が私の後頭部を支えるように深いキスが再開された。「緋雪は僕を誘惑するのが本当に上手だね」 ベッドになだれ込んで、覆いかぶさる彼を見上げると、異様なほどの妖艶な光を放っている。「ど、どっちが……ですか」 誘惑されているのは、私のほう。  欲情させられているのも、私のほう。  あなたは自分の持つ色気にただ気づいていないだけ。  ――― 色気があるのは、あなたのほう。 あなたの長い指が、私の髪を梳く。  あなたの大きな掌が、私の胸を包む。  あなたの柔らかい舌が、私の目尻の涙を掬う。「ほら、呼んで? 名前」 ふたりの吐息が交じり合う中、律動をやめずに彼が言う。「……い、今?」 「さっき約束したじゃん」 パーティの夜にも同じことをしたけれど……  今日の彼はあの時より余裕があって少し意地悪だ。  私には余裕なんて、微塵も無いのに。「早く呼んでよ。じゃないと、僕も限界が来そう」 ほら、と急かされるけれど。  私もやってくる波に煽られて、身体が自然とのけぞってくる。「こう……き。……昴樹……好き」 私の声を聞いて、一瞬止まった彼の律動が

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第四話

    「今日、岳になにをされた?」 感触を確かめながら、私の右手をそっと握る彼の瞳に嫉妬の色が伺える。「全部は見てなかったから。抱きしめられた?」 「いえ、それはないです!」 「だけど、頬にキスはされたよね?」 ……それは、見てたんだ。  というか、二階堂さんも見られているタイミングでわざとやったんだろうけど。「ほかの男でも腹が立つのに、相手が相手だ。緋雪が昔一目惚れした岳だよ?! 僕があれを見て、どれだけ気が気じゃなかったかわかる?」 だから……一目惚れじゃなくて、憧れなのに。「だったらなぜ、私に八年前のことを言わせたんですか?」 私にとっては、もう昔のことで。  ただの憧れだったし、今は綺麗な思い出だ。  だから、八年前のことを二階堂さんに告げてもあまり意味はなかったのに。「緋雪が今も岳のことが心に引っかかってて……要するに好きなんだったら、後悔のないように告白させてあげたかった」 「それで、私と二階堂さんがくっ付いちゃったらどうするつもりだったんです?」 「そしたら……岳から奪う」 彼が、諦める、と言わなかったことがうれしくて。  私の右手を握る彼の手の上に、自分の左手を重ねる。「私は二階堂さんじゃなくて、あなたが好きです」 「緋雪………初めて好きって言ってくれたね」 もっと早く、言うべきだった。  どこまでが冗談なのかわからない彼は、本当は異才を放つ最上梨子なのだ  そう思うと、何の取り柄も無い女である私が傍にいるのはためらわれていた。  彼が仕事で関わるモデルの女性はみんな綺麗だから、私より絶対魅力的に決まっている……なんて、歪んだ感情も芽生えたりしていた。  好きだと態度で示されても、気まぐれにからかわれているだけだと思っていた。  いや……思おうとしていたんだ。 彼のデザインを見るたび、彼の作ったドレスに触れるたび、心をギュッと鷲づかみにされてその才能の蜜に吸い寄せられていた。  そんな人に好きだと言われ、態度で示されたら……。  しかもキスなんてされたら……最初から、ひとたまりもなかったのに。「僕も、好きだよ」 彼が心底うれしそうな顔をして、私の右の頬を撫でた。  そしてそこへ、ふわりと口付ける。  今日、二階堂さんがキスした場所と同じところだ。「上書き完了」 そう呟いた彼の顔が妖艶すぎ

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第三話

    「宮田さんにとって、私ってなんですか?」 「え?」 「どういうポジションにいます?」 泣いても喚いても、執拗に詮索しても。  あなたにとって私がなんでもない存在ならば……  嫉妬したって、それは滑稽でしかない。「一度抱いただけの、仕事絡みの女ですか?」 「違う!!」 弱々しい私の言葉を、彼の大きな声が否定する。「僕は恋人だと思ってるし、緋雪以外の女性に興味はない」 信じないの? と彼が切なそうな表情をする。「こんなに緋雪のことが好きで、思いきり態度にも出してると思うんだけど。僕は自分で言うのもなんだけど一途だし。なのにそこを疑われるなんて……」 不貞腐れたように口を尖らせる彼に、そっと唇を寄せる。  そう言ってくれたことが嬉しくて、気がつくと衝動的に自分からふわりとキスをしていた。  唇を離すと、驚いた顔の彼と目が合う。「良かった。本当に枕営業しちゃったのかと思いました」 「……は?」 それは、パーティの席でハンナさんに言われたことだ。  なぜか今、それを思い出して口にしてしまった。  自分でもどうしてわざわざそれを持ち出したのかと思うとおかしくて、笑いがこみ上げてくる。「あのパーティの夜、宮田さんは……午前〇時を過ぎても魔法は解けないって言ってくれましたけど。朝になったら解けちゃったのかなと……なんとなく思っていたんです」 「どうして? 僕は解けない恋の魔法を緋雪にかけたつもりなんだけどな。あ、いや、ちょっと待って。それじゃやっぱり、僕は魔法使いってことになるじゃん!」 真剣な顔をしてそう抗議する彼に、噴き出して笑う。「不安だったのは、僕のほうだよ」 「……?」 「あの夜は気持ちが通じたと思ったし、心も身体も愛し合えたと思った。だけど、もしも無かったことにされたら……って考えたら、不安だった」 「……そんな」 「僕はやっぱり魔法使いで、王子は岳なのかも…って」 ――― 知らなかった。  宮田さんがこんなふうに思っていたなんて。  二階堂さんと私のことを、こんなにも気にしていたなんて。「宮田さんは王子様兼魔法使いなんですよ」 「……何その“兼”って、一人二役的な感じは」 「それとも私たちは、シンデレラとはストーリーが違うのかも。ていうか、一人二役でなにか問題あります?」 「……ないけど」 気まぐ

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第二話

     手を引かれ、十二階に位置する彼の居住空間へと初めて足を踏み入れる。「お、お邪魔します。お家、ずいぶん広いですね」 おずおずと上がりこんだ部屋には大きめのリビングとダイニングキッチンがあり、話を聞くとどうやら2LDKの間取りのようだ。  まるでモデルルームのように家具やカーテンの色や風合いがマッチしていてパーフェクトな空間だった。  この前麗子さんと話していて、宮田さんはどんなところに住んでいるんだろうと、気になってはいたけれど。  それがこんなに広くてスタイリッシュな空間だったとは思いもしなかった。「ここのマンションの住人には、ルームシェアしてる人もいるみたい。僕はもちろんひとりだけど」 なるほど。ルームシェアもこの広さなら出来ると思う。  なのに贅沢にこの部屋で一人暮らしだなんて……。「緋雪、気に入ったならここに越して来る?」 「え?! 私とルームシェアですか?」 「なにをバカなこと言ってんの! 僕たちが一緒に住む場合は、“同棲”になるだろ」 肩を揺らしてケラケラと笑う彼を見て、拍子抜けしたと同時に私の緊張もほぐれた。  私がはっきりと返事をしないまま、その提案が立ち消えになったことにもホッとする。「いつも事務所じゃコーヒーだけど、今日はビールがいい?」 ソファーに座る私に、彼はそう言ってキッチンからグラスと冷えた缶ビールを持ってきた。「ありがとうございます」 「パーティのとき思ったけど、緋雪はお酒飲めるよね?」 「あ、はい。それなりには」 コツンとお互いにグラスを合わせ、注がれたビールを口に含む。  ゴクゴクと美味しそうにビールを飲み込む彼の喉仏が、やけに色っぽい。  隣に居ながらそれを見てしまうと、自動的に心拍数が上がった。「今日のことだけど。僕が、モデルの子と一緒にいた件……」 ふと会話が止まったところでその話題を口にされ、私から少し笑みが引っ込んだ。「あの子はハンナの後輩なんだけど、けっこう気の強い子でね。ハンナのこともライバル心からかすごく嫌っていて。僕は今日、巻き込まれたっていうか……あの子が、」 「もういいです」 「……え?」 「もう、それ以上聞かないでおきます」 ハンナさんへの当て付けなのか、本気なのかはわからないけれど、あの女性が宮田さんに迫ったんだろうとなんとなく直感した。「言わせて

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第一話

    *** 会社に戻る途中、ずっとモヤモヤした気持ちが抜けなかった。 なんだこれ。こんなんじゃ仕事にならない、とエレベーターの中でそんな自分に気づき、両頬をパンパンっと叩いて喝を入れる。  そうやって気合を入れたのに集中力は続かず、終わったときには時計は十九時半を回っていた。 そうだ、電話しなきゃ……。  ロッカールームで思い出し、宮田さんの番号を表示させて発信する。  今日のことを弁解させてほしいと言っていた彼の困惑した顔が脳裏に浮かんだ。  私だって……  あのモデルの女性と、あんなところでなにをしていたの?と、気にならなくはないけれど。  正直に聞くのが怖い。『もしもし』 数回目のコールで、落ち着いたトーンの彼の声が耳に届いた。「お疲れ様です。今、仕事が終わりました」 『お疲れ様。もう会社の前にいるから降りてきてよ』 「え……はい」 そのまま通話を切り、私はあわててロッカールームを後にした。  遅く感じるエレベーターに乗り込み、会社の外に飛び出すと、一台の車がハザードをつけて停まっていることに気づく。  助手席側のドアを背にして立つ宮田さんの姿があった。  ポケットに手を入れて佇む姿が、車を背景にしているせいか、とても様になっている。  そんなことよりも。たしかに会社に迎えに来るとは言っていたけれど……「い、いったいいつから居たんですか?!」 「はは。息が切れてるね」 それは、エレベーターを降りたあとダッシュで走って来たからです。「私のことはいいんです!」 「えーっと……着いたのは1時間くらい前、かな」 「そんな時間からここに居たんですか?!」 「うん。終わったら電話くれる約束だったし。 だからここで待ってた。とりあえず車に乗って?」 そう言って、彼が背にしていた助手席のドアを開ける。  ずいぶんと待たせたのに、不機嫌じゃないんだ……。  などと思いながら、私は促されるまま助手席に乗り込むとドアを閉められた。 宮田さんはハンドルを握り、喧騒が未だ落ち着きを取り戻さない夜の街を走り抜ける。「あの……どこ行くんですか?」 なぜか運転中無言になっている彼の横顔を見つめつつ、静かに問う。「あー、そう言えばそうだ。どこに行こうか」 「え……」 そっか。そうだった。  この人はこういう人だ。中身は変人と

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